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かつては硬骨の刑事、今や恍惚の刑事【退職刑事】〈1〉

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~都築ではなく都筑~
都筑道夫『退職刑事』〈1〉東京創元社

 

 

あらすじと収録作品

【あらすじ】

 

かつては硬骨の刑事、今や恍惚の境に入りかけた父親に、現職刑事の息子が捜査中の事件を語ると、父親はたちまち真相を引き出す。国産《安楽椅子探偵小説》定番中の定番として揺るぎない地位を占める、名シリーズ第1集。

 

引用元:退職刑事〈1〉|東京創元社
(https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488434021)

 

 

【収録作品】
1.「写真うつりのよい女」
2.「妻妾同居」
3.「狂い小町」
4.「ジャケット背広スーツ」
5.「昨日の敵」
6.「理想的犯人像」
7.「壜づめの密室」

 

主要登場人物


退職刑事。
捜査1課に配属された「私」のもとに頻繁に訪れる。



現職刑事。
5人兄弟の末っ子。

 

美恵
「私」の妻。

 

特徴

都筑道夫の代表作のひとつ。退職刑事シリーズは、安楽椅子探偵ものの連作短編集です。

 

刑事を定年退職した「父」が、現役刑事の「私」から事件の話を聞くだけで真相を解き明かすという形式は、あまりにもストイックでありながら、そこにはミステリとしての面白さが極限まで研ぎ澄まされています。

 

著者が『黄色い部屋はいかに改装されたか?』において論じた「トリックのためのトリック」を排し、論理的思考によって必然性から意外性を導き出すという理念は、本作において見事に結実したといえるでしょう。

 

ただ、作品に登場する題材には時代性が色濃く反映されており、現代の読者にとっては多少なりとも戸惑いを覚える描写が含まれています。例えば「写真うつりのよい女」では女性が尺〇している写真が、「妻妾同居」では「セ〇〇〇日記」なる小道具がフィーチャーされるなど、謎の奇抜さとは別に、読者の嗜好によっては抵抗を感じる要素ともなり得るかもしれません

 

刊行から半世紀が経とうとする本作ですが、文章の冗長さは皆無です。無駄な装飾が削ぎ落とされた文体は、むしろ洗練されているとさえいえます。

 

この小説に向いている人

・ロジックを重視している。
・隙間時間に読める小説を探している。

 

この小説に向いていない人

・古い価値観が苦手。
・性的な描写(特に上品とは言えないもの)が多い小説は嫌だ。

 

まとめ

論理のアクロバットを体現し、見事に着地させた連作短編集です。

 

作品の初出が1970年代ということもあり、息子が父に敬語を使い、妻は控え目で献身的。現代の価値観から見れば古風な要素も散見されます。これを時代性として楽しめるか、それとも違和感として捉えるかで、読後の印象は大きく変わるかもしれません。

 

しかし、それを差し引いても、都筑道夫の職人芸とも言うべき推理劇の数々は、どれも読み応えのあるものばかりです。

 

 

※電子書籍版にも、著者のあとがきと法月綸太郎による解説がついています。ただし『名探偵はなぜ時代から逃れられないのか』に収録されているものと同一であるため、解説目的で購入を考えている方はご注意を。