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卒業旅行、連れて行くのは“新しい私たち”【蛇影の館】

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~「じゃえい」ではなく「だえい」~
松城明『蛇影の館』光文社

 

 

あらすじ

 

人間の身体と記憶を乗っ取る人工生命体〈蛇〉は、“衣裳替え”を繰り返し悠久の時を生きてきた。あるとき、5匹の〈蛇〉はそれぞれ、何者かに襲われ、1匹の〈蛇〉が行方 不明になる。最年少の〈蛇〉で女子高生に寄生する伍ノは、一族の長から事件の捜査を任され、さらに満月の集いのための新たな衣裳候補の調達を頼まれる。同級生を騙して廃墟となった伝説の館に卒業旅行に行く伍ノだが、それは惨劇の幕開けだった……。


引用元:蛇影の館 あなたは〈蛇〉? それとも人間?|光文社 書籍情報サイト
(https://books.kobunsha.com/book/b10125596.html)

 

主要登場人物

写真部

鱗川 冬子(うろこがわ ふゆこ) 
高校三年生。美しい容姿を持つ女子生徒。
陰で「宇宙人」と呼ばれている。

 

猫矢 秋果(ねこや しゅうか)
高校三年生。小動物のような印象を与える女子生徒。
臆病で、華奢な体つきをしている

 

鷹谷 匠(たかや たくみ)
高校三年生。端正な顔立ちをした男子生徒。
長身で七三分けの髪型をしており、時折鋭い洞察力を見せる。

 

犬見 未央(いぬみ みお)
高校三年生。柔和な雰囲気を持つ女子生徒
垂れ目で黒縁眼鏡をかけている。写真部部長。

 

鯨井 茂(くじらい しげる)
高校三年生。四角い顔をした小太りの男子生徒。
廃墟に対して独自の見解を持つ。写真部副部長。

 

小虎 瑠里(ことら るり)
高校二年生。遠慮のない物言いをする女子生徒。
吊り目でショートヘアで、勝気な性格をしている。 

 

竜野 健(たつの けん)
高校二年生。 物静かな男子生徒。
波打つような長い髪を持ち、ぼそぼそとした口調で話す。

 

〈蛇〉

壱ノ
〈一番目の蛇〉プリムス。
知に執着している。現〈蛇の長〉。

 

弐ノ
〈二番目の蛇〉セカンドゥクス。
財に執着している。

 

参ノ
〈三番目の蛇〉テルティウス。
美に執着している。

 

肆ノ
〈四番目の蛇〉クアルゥス。
痛みに執着している。

 

伍ノ
〈五番目の蛇〉クイントゥス。
若さに執着している。本作品の語り手

 

特徴

大胆な特殊設定を前面に押し出した、ユニークな仕掛けが楽しめるミステリです。作者は松城明。

 

本作に登場するのは、人間の身体を乗っ取り、記憶を継承しながら生き続ける〈蛇〉一族。彼らは「衣装替え」と称し、新たな宿主を得ることで、数千年もの時を生き抜いてきました。

 

物語は一族の頂点に立つ〈蛇の長〉壱ノが「同時衣装替え」の儀式を提案したことで、大きく動き出します。この儀式には主に2つの目的がありました。ひとつは〈衣装〉の中に本物の人間が紛れ込んでいないかを確認すること。もうひとつは〈蛇〉の中に裏切り者がいないか(なりすまし)を見極めることです。


儀式に向けて、女子高生に寄生した〈蛇〉伍ノは、新たな〈衣装〉を得るため、写真部の仲間たちを「館」へと誘うことになります。

 

さて、肝心の特殊設定ですが、実に膨大で複雑です。
物語の微ネタバレになり得るため、詳細は折り畳みにまとめました。
ざっと以下の通りです。

 

▼クリックで詳細表示

 

一、人間との接続を断って二十四時間経ったとき、〈蛇〉は消滅する。

二、満月の夜に〈蛇の長〉の〈呪歌〉を聴かなかった場合、〈蛇〉は月の入りの瞬間に消滅する。満月の夜とは〈蛇の長〉の現在地において、満月が昇ってから沈むまでを指す。消滅時刻は標高や天候、月と地球の距離によって最大で前後十分ほど変動することがある。

三、一と二の条件以外で〈蛇〉が消滅することはない。

四、消滅した〈蛇〉は、他の〈蛇〉が〈呪歌〉を歌うことで召還できる。詠唱者を中心とした直径ニメートルの範囲に障害物があると、召還は失敗する。召還された〈蛇〉は以前の記憶をすべて失っている。したがって理性も失っており、本能のままに人間に寄生しようと暴れる。

五、〈蛇〉は魔の毒牙で人を気絶させられる。気絶はある程度の時間が経つか、あるいは寄生により解ける。ただし、〈蛇〉の寄生した人間に毒牙は効かない。

六、〈蛇〉は寄生した人間の記憶を受け継ぎ、消滅するまで忘れることはない。

七、〈蛇〉が寄生している人間は、〈蛇〉との接続が断たれた瞬間に死ぬ。

八、〈蛇の長〉は五匹のうち最年長の〈蛇〉である。

九、〈蛇〉が寄生した人間は瞬きの回数が少ない。

十、〈蛇〉は体長五十センチメートル、体重五百グラムである。体表から分泌される粘液は人体組織を修復し、空気に触れると数分で蒸発する。それ以外は動物の蛇とほぼ同じ性質を持つ。

 

引用元:(『蛇影の館』232-233頁、2024年、光文社)

 

 

 

また、上記のほか次のような説明があります。

・〈蛇〉の本体に発声器官はない。(17頁)

・消滅後に召喚された〈蛇〉が初めて人間に寄生した場合は、〈衣装〉であるその人間の記憶しか持たず、自力で自分が〈蛇〉であることに気づくのは通常不可能である。また、記憶の蓄積が少ない〈蛇〉は、〈衣装〉である人間の記憶に主導権を奪われることもある。(18-22頁、79-81頁、133-135頁)

・〈蛇〉の分泌する粘液は出血を止めたり傷をふさいだりする効果がある。(18頁、220頁)

・〈蛇〉には寿命はなく、基本的に不死。打撃、切断、絞首、加熱、冷却などで死ぬことはなく、寒いと身体が動かなくなることを除けば、無敵の防御力を誇る。体格や運動能力は小型の蛇と同じ。(21頁)

・〈蛇〉の記憶容量は無限であり、塵に還らない限り物事を忘れることがない。何百桁の数字でも正確に覚えられる。(29頁)

※ここでいう塵に還るは「消滅」を意味していると考えられます。塵に還る表現されていますが、最終的には塵すらも「消滅」するものと思われます。

・〈蛇〉の体表から分泌される「粘液は数分で跡形もなく蒸発する」。(86頁)

・〈蛇〉の額には各々の真の名前を示す刻印がある。また、〈蛇〉の体表には傷がつけられないので、刻印の改竄は不可能である。〈呪歌〉によって蘇っても名前は変わらない。(89頁)

・〈蛇〉は視力は弱いが、赤外線を感知できる。たとえ部屋の明かりが消えていても、人間の目とは違う景色を見ることができる。(144頁)

・〈蛇〉は〈衣装〉である人間との接続を断(た)っても、死体の体内に留まることができる。脱衣(脱出)は口からだけではなく、お尻からも可能。皮膚を喰い破って脱衣することもできるが、通常は皮膚からの出血を伴う。(161頁)

 

 

 

設定は物語の中で少しずつ明かされていきますが、すべてを頭に入れるのはかなり骨が折れます


とはいえ、提示される謎は、たったひとつのピースが嵌まることで散らばっていた要素が次々と繋がり、一枚の鮮やかな真相として浮かび上がります。


明記されたルールに適合する真相は、読者への説得力を備えていると言えるでしょう。

 

この小説に向いている人

・特殊設定ミステリが好き。
・独自の世界観を持つ小説が好き。
・淡々とした文体が好き。
・〈呪歌〉カルメンといったルビに抵抗がない。

 

この小説に向いていない人

・複雑な特殊設定は負担に感じる。
・蛇(っぽいもの)が苦手。
・舞台装置に擬科学的な考察を求めている。

 

まとめ

独自の複雑なルールを持つ特殊設定ミステリです。

 

人ならざる者が人間をおびき寄せ、「館」を通じて餌食にしようとする構造は、近年の作品では森川智喜の『キャットフード』を彷彿とさせます。ただし、類似するのはこのシチュエーションのみであり、展開や主題は大きく異なります。


伍ノの一人称の語りは終始淡々としており、文章にひねりや遊び心はあまり見受けられません。しかし、その抑制された筆致こそが、かえって伍ノの気質を浮かび上がらせているようにも思えます。

 

説明がもう少し欲しくなる部分もありますが、真相はしっかりとルールに適合しています。総じて、特殊設定ミステリならではの魅力を存分に備えた作品と言えるでしょう。