~"首なし"ならぬ"胴なし"~
高木彬光 新装版『刺青殺人事件』光文社
あらすじ
野村絹枝の背中に蠢く大蛇の刺青。
艶美な姿に魅了された元軍医・松下研三は、誘われるままに彼女の家に赴き、鍵の閉まった浴室で女の片腕を目にする。
それは胴体のない密室殺人だった――。謎が謎を呼ぶ事件を解決するため、怜悧にして華麗なる名探偵・神津恭介が立ち上がる!
引用元:光文社ウェブサイト
(https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334766443)
密室となった浴室で
胴体のない
バラバラ殺人事件
主要登場人物
神津 恭介(かみづ きょうすけ)
誰しもが認める天才。
本シリーズの探偵役。
松下 研三(まつした けんぞう)
神津恭介の友人。
東大法医学研究室で基礎医学の研究をしている。
野村 絹枝(のむら きぬえ)
大蛇丸の刺青を持つ女性。
特徴
高木彬光のデビュー作。
日本三大名探偵のひとり――神津恭介が初登場する作品です。
この小説が世に出るまでの経緯は、ある種の伝説になっています。
発端は、生活に窮乏していた作者が易者(占い師)に相談したことにあります。
「小説家になれば成功する」
お告げを受けた作者は、3週間あまりで書き上げた原稿を江戸川乱歩に送りました。
そして、紆余曲折を経て発刊に至ってしまうのです。
そんな破天荒なエピソードが付きまとう作品ではありますが、やはり古い年代の小説は食指が動かない方もいらっしゃるでしょう。
ですが、ミステリの芯の部分は変わりません。
例えば、次のような謎めいた"密室"も登場します。
中をのぞきこんだ人々は、一人のこらず呻かずにはおられなかった。
純白のタイルで張られた浴室には、切断されてからまもないと思われる恨みを残した女の生首と、白くやわらかな二本の腕と、長くのびた二本の足とが、無残な切り口をみせて横たわっていた。水道の栓が開いて、水は一杯に浴槽を満たし、溢れて床を洗っていた。豊かな黒髪の一本一本は、からみあう無数の蛇のうねりのように見えた。
「犯人は、いったいどこから逃げたんだ」
真っ先に中へくぐりこんだ松下課長は、扉を見つめて呻いていた。 扉の鍵は、横に引いて下へ落とす閂式のものだった。その横棒が下におり、頑強に扉を閉じていたのである。
窓も博士の推察どおり内からかたく閉ざされていた。蟻のはい出す隙間もない文字どおりの密室殺人事件であった。
引用元:(『新装版『刺青殺人事件』、2013年、光文社)
加えて、いわゆる"読書への挑戦状"も付いてますよ。
あらゆる資料は提供された。諸君に眼光紙背に徹する洞察力がありさえすれば、太陽が地球のまわりを動くのではない、地球が太陽のまわりを運動するのだ――と言いきるだけの勇気があれば、精緻をきわめた犯人の完全犯罪の計画は、たちどころに瓦解するはずなのだ。事件の秘密も、犯人の名も、即時に見やぶれるはずなのだ。
引用元:(『新装版『刺青殺人事件』、2013年、光文社)
この小説に向いている人
・"密室"が好き。
・トリックを重視している。
・戦後の風俗に興味がある。
この小説に向いていない人
・トリックの図解を楽しみにしている。
・重厚なストーリーを期待している。
・機械(物理)トリックのみを重視している。
まとめ
密室の扱い方がユニークな作品です。
機械(物理)トリックのみが密室に供せられる仕掛けではないのだと、この作品を読むとつくづく思い知らされます
ところで作者の高木彬光は、横溝正史の『本陣殺人事件』、角田喜久雄の『高木家の惨劇』を読んで「これぐらいなら書ける」と意気込んで筆を執ったらしいです。
なんとも豪胆なお方……!
追記①この小説が好きな方にオススメ
人形はなぜ殺される
同著者の作品。
神津恭介シリーズです。
こちらは"首なし"の事件が扱われます。