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パクリ?リスペクト?法月綸太郎が初登場する記念すべきミステリ【雪密室】

~3歳児の友人はグリモー教授!?~
法月綸太郎『雪密室』講談社

 

 

 

あらすじ

 

二重の密室状態から、犯人が消えた。
父は警視、息子は作家。
法月親子は密室殺人のトリックを解き明かせるか?
雪の山荘へ招かれた法月警視。客人が揃った夜、招待主の美女の死体が離れで発見される。部屋は施錠され、雪の上には発見者の足跡だけ。不可能状況から自殺で処理しようとする地元警察に対し、殺人を疑う法月警視は、綸太郎とともに密室トリックの解明に挑む。大人気「法月綸太郎」シリーズ、始まりの一作。

 

引用元:講談社BOOK倶楽部
(https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000372959)

 

主要登場人物

法月 貞雄(のりづき さだお)

警視庁捜査一課の警視。綸太郎の父親。
捜査が難航するたび息子を現場に招聘するが、職場では黙認されている。

 

法月 綸太郎(のりづき りんたろう)

日々締め切りと格闘する推理小説家。長身でこざっぱりとした感じの青年。
捜査一課からたびたび(非公式に)協力を求められている。
父親である貞雄には敬語を使って話す。

 

篠塚 真棹(しのづか まさお)
成熟した美しい女性。
客人たちを雪の山荘こと「月蝕荘」に招いた張本人。
法月貞雄には「危険な女」とも評される。

 

篠塚 国夫(しのづか くにお)

白髪の壮年男性。真棹の現在の夫。
資産家であり、不動産を利用して複雑怪奇な節税ビジネスに勤しんでいる。

 

沢渡 冬規(さわたり ふゆき)

役者顔負けの容姿を持つ長身男性。東京大学工学部卒のエリート。
「月蝕荘」のオーナーであり、真棹の元夫でもある。


沢渡 恭平(さわたり きょうへい)

冬規の弟。顔の作りが兄に似た美男子。
官庁勤めであり、将来を嘱望されている。

 

峰 裕子(みね ひろこ)

ほっそりとした顔立ちの女性。
「月蝕荘」で沢渡冬規とともに暮らしている。
料理の腕は名人級。

 

真藤 亮(まふじ りょう)

手足のひょろ長い、蜘蛛を思わせる老人。
鎌倉では名の知れた陶芸家。

 

真藤 香織(まふじ かおり)

3歳の女の子。亮の娘。
亮とは孫と祖父といっても不思議ではない年齢差がある。

 

武宮 俊作(たけみや しゅんさく)

遊び人めいた身なりの優男。
青山で歯科クリニックを営んでいる。

 

中山 美和子(なかやま みわこ)

メガネをかけた美人女性。
芸能プロダクションに所属しているとのうわさがある。

 

柴崎(しばざき)

二枚目俳優さながらのハンサム男子。
伊賀沼署の警部であり、今回の事件の捜査を担当する。

 

特徴

著者と同名の探偵役・法月綸太郎が初登場する作品です。
筆名の由来は、小栗虫太郎の小説に登場する探偵役・法水麟太郎かと思いきや、吉川英治の小説に登場する隠密・法月弦之丞とのこと。

 

タイトルにもある通り、雪(と鍵)による密室が本作品のキモになっています。
"読者への挑戦状"も用意されており、緻密に張り巡らされた伏線と明快な推理に気持ちよくなれる仕上がりです。

 

主役の法月父子はエラリー・クイーン作品を彷彿させますが、この『雪密室』に重ねられているのはカーター・ディクスンの『白い僧院の殺人』でしょう。
実際、作中においても『白い僧院の殺人』の話題がたびたび持ち上がり、挙句の果てにはトリックのネタバレまで噴出する始末です。

(もっとも著者は『白い僧院の殺人』を未読の方にも配慮しており"ここからここまで飛ばして読んでください"というような注意書きを作中に添えています)

 

登場人物のキャラクター性も魅力的で、個人的には法月父子の仲睦まじいやりとりがお気に入りです。
例えば、法月警視が休暇中の旅行先で死体を発見し、息子に電話をかけるシーンがあります。

 

 

 

 

「綸太郎か、俺だ」
「どういうつもりですか、お父さん? 夕べの電話から、まだ十五時間しかたってませんよ」
「寝ていたな」
「そうですよ。三十分前まで徹夜で仕事をしてたんです。少し仮眠を取ろうとしたら、お父さんが――」
「どうだ、少しは原稿は進んでいるのか?」
「まあね。やっと最初の死体が出てきたところです」
「こっちもそうだ」
「なんですって」
「なあ、綸太郎。いますぐ仕事を中断して、こっちに来られないか?」
「馬鹿な。編集者に殺されますよ」
「そこをなんとか」

 

引用元:(新装版『雪密室』、2023年、講談社)

 

 

 

なんとも言えぬ絶妙な信頼関係がツボです。

 

この小説に向いている人

・いわゆる雪の山荘が好き。
・犯行現場の平面図などを求めている。
読者への挑戦状を求めている。
・法月父子が好き。

 

この小説に向いていない人

・派手なトリックを求めている。
・法月父子があまり好きではない。
・いまとなっては雪密室はお腹いっぱい。
・警察組織や人物造形にリアリティを求めている。

 

まとめ

探偵役には自身の筆名と同じ名前を、探偵役の父親には警視という役職を付すなど、堂々たるエラリークイーンへのリスペクトが感じられる作品です。
それと同時に、カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)の作品を知っていれば、にやりとできる小ネタもそこここに仕込まれています。

 

令和になった現在ではとりたてて鮮烈な印象を残す作品ではないものの、シリーズの端緒としては上々の首尾といえるのではないでしょうか。
"読者への挑戦状"を挿入するなど、本格ミステリを強く意識した作風にも好感を覚えます。

 

総じてオードソックスなミステリではあるので、近年の味付けの濃い物語に辟易している方や、落ち着いて謎解きに臨みたいという方に打ってつけな作品です。

 

追記①この小説が好きな方にオススメ

誰彼

続編です。

白い僧院の殺人

著者はカーター・ディクスン
新訳版の訳者は高沢治さんです。

 

吸血の家

著者は二階堂黎人
こちらの作品も『白い僧院の殺人』が大いに意識されています。

いわゆる雪の山荘が舞台の作品で、加害者の足跡なき殺人がフィーチャーされます。

 

 

 

星降り山荘の殺人

著者は倉知淳
こちらも雪の山荘が舞台の作品です。

 

 

スウェーデン館の謎

著者は有栖川有栖
これまた"雪"が重要な役割を果たす作品です。

名探偵はもういない

著者は霧舎巧。『雪密室』とは色々な意味で似ています。
某シリーズの父子(?)が登場するともいえるし、登場しないともいえる作品です。