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【考察あり】犠牲者900名超・現実に起きた集団自殺事件を下敷きにしたミステリ【名探偵のいけにえ】

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~カルト教団を舞台に探偵が大暴れ~
白井智之『名探偵のいけにえ』新潮社

 

 

 

あらすじ

 

病気も怪我も存在せず、失われた四肢さえ蘇る、奇蹟の楽園ジョーデンタウン。調査に赴いたまま戻らない助手を心配して教団の本拠地に乗り込んだ探偵・大塒は、次々と不審な死に遭遇する。奇蹟を信じる人々に、現実世界のロジックは通用するのか? 圧巻の解決編一五〇ページ! 特殊設定、多重解決推理の最前線!

 

引用元:新潮社Webサイト 奇蹟VS探偵! ロジックは、カルトの信仰に勝つことができるのか?

(https://www.shinchosha.co.jp/book/353522/)

 

 

登場人物

日本人

大塒 宗(おおとや たかし)

探偵。大塒宗探偵事務所の所長。
名目上は部下であるりり子に複雑な感情を抱いている。
本作品の主役のひとりであり、物語の多くの場面で語り手を務める。


有森 りり子(ありもり りりこ)

東京大学文学部に所属する大学生。
大塒宗探偵事務所のスタッフでもあり、雇い主以上の洞察力を備えているが、表向きには"探偵助手"を名乗っている。
とある理由から、ガイアナで活動する怪しげな宗教団体を調査すべく旅立つ。


乃木 野蒜(のぎ のびる)

自称「ルポライター」の男性。
大塒宗とは小学校時代からの付き合い。
色男であり、身のまわりの出来事をすべてスケベに解釈する癖がある。

 

ジョーデンタウンの人々

ジム・ジョーデン
新興宗教団体・人民協会の教祖。
ガイアナ共和国に"ジョーデンタウン"を築き、信者とともに生活している。
人心掌握術に長けており、政治家とも交流がある。


ジョセフ・ウィルソン
ジャイアンツの帽子をかぶった背の高い男性。
ジョーデンタウンの保安長官。


ラリー・レヴィンズ
喧嘩っ早い性格の小柄な男性。
ジョセフの部下。


ピーター・ウェザースプーン
背の高い白人男性。
人民協会の内務長官でもある。


ウォルター・デイヴィス
顔に傷跡のある男性。
"ジョーデンタウン"では農耕係を務める。


フランクリン・パーテイン
足の不自由な男性。ベトナム帰還兵でもある。
"ジョーデンタウン"では特務係を務める。


ルイズ・レズナー
姿勢の悪い女性。
"ジョーデンタウン"では庶務係を務める。


ニコル・フィッシャー
かつて遺伝子医療を学ぶ道を志していた女性。
現在は人民協会に魅入られ、すっかりジム・ジョーデンの信奉者に成り果てている。
"ジョーデンタウン"では庶務係を務める。


クリスティナ・ミラー
隻腕の女性。
"ジョーデンタウン"では料理係を務める。


レイチェル・ベイカー
クリスティナの先輩。女性。
"ジョーデンタウン"では料理係を務める。


ブランカ・ホーガン
人民協会の古参。女性。
現在は"ジョーデンタウン"で料理係の職長を務める。


ロレッタ・シャクト
"ジョーデンタウン"の医師。女性。
大塒曰く「どんな雑事からも距離を取りたがるタイプ」。


シャロン・クレイトン
"ジョーデンタウン"にある霊園の管理人。女性。
摂食障害を患っており、異様に痩せている。


レイ・モートン
"ジョーデンタウン"に設置されている学校の校長。



"ジョーデンタウン"に設置されている学校の生徒。

 

ジョーデンタウンを調査する人々

チャールズ・クラーク
信ソ(ソ連)派で知られる実業家。
敬虔なクリスチャンで共産主義者でもある。
ユートピアこと"ジョーデンタウン"の実態を確認すべく、調査チームを組織する。


ジョディ・ランディ
ブロンドヘアに青い瞳の精神科医。女性。
「エセ科学探偵」の異名を持ち、いわゆる疑似科学を厳しく批判している。
チャールズ・クラークが組織した調査チームの一員。


イ・ハジュン
アジア人の小柄な青年。
かつてはソウル大学の学生だった。
チャールズ・クラークが組織した調査チームの一員。


アルフレッド・デント
元FBI捜査官。
現在は人民協会信者の弁護士に成りすまし、幹部宿舎でスパイ活動を行っている。
チャールズ・クラークが組織した調査チームの一員。


レオ・ライランド
サンフランシスコ選出の連邦下院議員。
ジム・ジョーデンの化けの皮を剝がすべく、はるばる"ジョーデンタウン"に赴く。
言うまでもなく元ネタはレオ・ジョゼフ・ライアン・ジュニア(Leo Joseph Ryan Jr.)


ダニエル・ハリス
レオ・ライランドに同行した記者。
NBCニュースの取材班。

 

端役

小牛田(こごた)
宮城県警本部の刑事部長。
警視庁の捜査一課で理事官を務めていたことがある。


横藪 友介(よこやぶ ゆうすけ)
マスコミが「日本一」と囃し立てる名探偵。


108号(マルハチ)
連続殺人鬼。


宇野 福太郎(うの ふくたろう)
東京大学文学部に所属する大学生。
りり子と同じ研究室に所属している。


ユリ・ゲラー
自称超能力者。
スプーン曲げを得意とする。

 

特徴

「2023本格ミステリ・ベスト10」でぶっちぎりの第1位を獲得し、「本格ミステリ大賞」で歴代最多得票に輝いた長編ミステリです。

 

あらすじや帯の惹句で叫ばれているように「カルト宗教」「奇跡」が主題に据えられています。

 

同著者の作品に『名探偵のはらわた』というタイトルがありますが、時系列的にはあとにあたる物語であるため、本作品から読んでもまったく問題ありません。もっとも、本文中に『名探偵のはらわた』を読んでいる方向けのファンサービスも用意されてはいるのですが。

 

 

 


さて、本作品の最大の特徴は現実に起きた事件を題材にしていることにあります。

 

具体的には人民寺院の集団自殺事件(死者900名以上)を扱っており、本作品は実際の名称を、

 

事件名

人民寺院事件

人民協会事件

 


教祖
ジム・ジョーンズ(Jim Jones)

ジム・ジョーデン

 


楽園
ジョーンズタウン(Jonestown)

ジョーデンタウン

 


などと表記を変えて※1、長編ミステリにアレンジしています。

 

※ジム・ジョーンズ(Jim Jones)の写真。

ジム・ジョーンズ ジム・ジョーデン 名探偵のいけにえ 白井智之

出典:CRIMINAL / Jim Jones & The Jonestown Massacre

(https://vocal.media/criminal/jim-jones-and-the-jonestown-massacre)

 

 

元ネタがあると思しき人物は他にも多数登場しますが、なかにはほぼ実名(芸名?)で登場する方もいますね。

 

では肝心のミステリの要素はどうかというと、これも非常によくできていると思います。

 

特筆すべきはその解決編で、全体のおよそ30%以上が事件に対する推理にページが割かれているほど。

 

あらすじでも触れられている通り、展開される推理は白井智之の十八番「多重解決」です。

 

「もう"それ"は見飽きたよ……」

 

という声が聞こえてきそうですが、『名探偵のいけにえ』はその着地点が素晴らしいのです。

 

複数の解決を示すことは、ともすれば冗長になったり、真実の死が露呈して混沌とした結末に陥りがちですが、本作品ではそういった課題がすべてクリアされています。

 

むしろ複数の解決を提示して初めて到達できる地点があるのだと、この『名探偵のいけにえ』が教えてくれるほどです。

 

 


と、ここまで持ち上げておいてなんですが……

 

カルト教団の内情という興味深いストーリーラインはともかく、ミステリの要素だけを取り出して眺めれば、ある程度ミステリに読み慣れた方向けの作品であると言わざるを得ません。

 

少なくとも"論理パズル"と形容されるタイプのミステリが苦手な方は、本作品も肌に合わない可能性が高いでしょう。

 

究極的には好みの問題ではあるので、白井智之の作品を読んだことがある方は過去作の読後感を踏まえて検討、読んだことがない方は本作品を試金石に読んでもいいのではないかと思います。

 


※1

変更の理由としては、山崎豊子『沈まぬ太陽』と同様(日本航空→国民航空)に、出版社による自主規制的な意味合いが大きいでしょう。内容がセンシティブですからね。なぜか「ユリ・ゲラー」さんだけはたびたびエセ超能力者であるとやり玉に挙げられ、ボロクソに皮肉られていますが。

 

この小説に向いている人

・ある程度ミステリに読み慣れている。
・ロジックを重視している。
・事件現場の図解を求めている。
・多重解決が好き。

 

この小説に向いていない人

・長々とした推理を読むのは退屈。
・トリックを重視している。
・エログロな描写は少しでも見たくない。
・もう多重解決はお腹いっぱい。

 

まとめ

ミステリとしてだけではなく、エンタメ小説としても魅力的な作品です。

 

白井智之といえば『お前の彼女は二階で茹で死に』に代表されるように、過激なエログロ描写をもって語られる作家※2でもありますが、本作品ではそういった描写がだいぶやわらいでいます(あくまで他の白井智之作品と比較して)

 

 

 


刺激的なエログロ描写を摂取したい方にとってはマイナスポイントかもしれませんが、裏を返せばミステリ要素の直球勝負ともいえるでしょう。

 

実際、本文中に張られた伏線の物量は凄まじく、物語後半の怒涛の伏線回収には本当に驚愕させられます。

 

白井智之という作家が示した多重解決のひとつ完成形と評しても、あながち過言ではありません。

 

最後に本作品を読むにあたって非常に重要な文言が単行本の巻末に綴られているので、以下に引用して結びの言葉に代えたいと思います。

 

 

本作品はフィクションであり、実在の人物、団体等とは一切関係ありません。


引用元:(白井智之『名探偵のいけにえ』、2022年、新潮社)

 

 

さんざんオモチャにされている「ユリ・ゲラー」さんがちょっと不憫ですね。

「いけにえ」って本当は彼のことでは。

 

(この事件をエンタメに昇華するのは批判があっても当然だとは思いますが、古い事件のためか、日本の作品であるためか、現在のところあまりそういった言論は目立っていませんね。そもそも"殺人"をエンタメにする本格ミステリというものが(以下略))

 

 

※2
例えば綾辻行人先生はそういった描写の濃い作品群を「鬼畜系」と評しています。
出典:(『シークレット』、2020年、光文社)

 

 

 

小ネタ考察・感想

▼タップ(クリック)で表示。物語の微ネタバレ注意。

 

1.トルコ

 

作中ではソープランドのこと。由来はかつて"それ"が"トルコ風呂"と呼ばれていたことから。
物語はこの隠語を知っている前提で進められている節があるので、そういう方向に関心が薄い方には、序盤の展開が非常にわかりづらいと思います。
(「トルコ」と検索してもそれらしいものは何もヒットしません。むしろ「トルコリラ 地獄」とサジェストが出てきてそっちに興味を奪われるくらいです。)

 

ちなみに私がこの隠語と初めて出会ったのは、西村京太郎『殺しの双曲線』です。

 

 

 

 

 

2.中華料理屋〈猪百戒〉

 

中野駅近くにある飲食店。創作上の店舗です。
本作では大塒と乃木が食事をしていますが、前作『名探偵のはらわた』にも登場しています。
前作と本作の記述に鑑みるに、おそらく人気メニューは担々麺。

 

 

 

3.東京大学文学部

 

本作の主役のひとり「有森りり子」は東京大学文学部の学生ですが、前作『名探偵のはらわた』の登場人物「みよ子」も東京大学文学部の学生です。
何が言いたいのかというと、特に何もありません。
強いて言うならば、両者ともまっとうな人間性(白井智之作品比)※を備えています。

 

 

※前作と本作のネタバレが含まれるため反転

 

 

 

4.表紙の人物

 

①黒髪の女性

 

有森りり子と考えられます。
本文中の外見描写は少なめですが、腕に数珠を巻いているのが彼女の特徴です。

 

 

②赤いシャツを着た男性

 

サングラス(裏表紙)と杖から、ジム・ジョーデンと考えられます。
無数の屍のうえに立っていますし、何よりジム・ジョーデンの元ネタであるジム・ジョーンズに似ているので……。

 

 

と言いたいところですが、ほかの解釈もあります。
▼物語の核心に迫るネタバレがあるためさらに折り畳み。

 

表紙に描かれた男性は大塒宗とも考えられます。
彼に関する外見描写は本当に少なく、「小柄な男」「デニムシャツ」(いずれも単行本の292頁)とあるくらいですが、まあ外見描写はイラストに矛盾するほどではないでしょう。

 

 

さて、本作品で大塒宗は無数の屍を築きました。 理由は「有森りり子の最後の事件」に花(無数の屍)を添えるため、というのが作中で有力です。
(凄腕の探偵である「有森りり子の最後の事件」がショボい事件であってはならないという意味)

 

では、その点を念頭に置いて表紙を見てくださいな。

 

 

 

 

無数の屍(花)がりり子に捧げられていますよね?

 

 

屍は「最後の事件」を彩る"名探偵のいけにえ"ですよね?

 

 

男が見つめるりり子は"Great"(大きい、偉大)ですよね?

 

 

 

 

ならば表紙に描かれた男性は大塒宗と捉えてもいいはずです。

 

あるいは、表紙の人物をジム・ジョーデンと捉えたうえで、彼もまた「有森りり子の最後の事件」に供された『名探偵のいけにえ』の一部に過ぎない、という解釈も可能です。

 

まあ何にせよ、いろいろ解釈の余地が残されているということですね。

 

 

追記①この小説が好きな方にオススメ

虚構推理

著者は城平京
多重解決を扱った近年の作品を挙げるとしたら、この小説は外せません。
それでいながら初めて多重解決に触れる方に、打ってつけの作品でもあります。

 

ミステリー・アリーナ

著者は深水黎一郎
前代未聞のトリックと挑戦的な構成が魅力的なミステリです。

 

 

メルカトルかく語りき

著者は麻耶雄嵩。短編集。
ある程度ミステリに読み慣れている方向け。

 

その可能性はすでに考えた

著者は井上真偽
山村で起きたカルト宗教団体の集団自殺事件を扱うミステリ。
物語の展開はバトル漫画さながらです。