~論理のアクロバットと人間関係の澱~
北村薫『空飛ぶ馬』東京創元社
収録作品とあらすじ
1.「織部の霊」
大学教授が小学生時代に見た不可解な夢について語った。
それは古田織部という歴史上の人物が切腹する夢だった。小学生が知る由もない武将がなぜ夢に登場したのか……
2.「砂糖合戦」
"私"が訪れた喫茶店で、女子高校生グループが7、8杯もの砂糖を紅茶に落としていた。
2杯も砂糖を入れれば十分な甘さになるだろうに、彼女らはなぜそんなことをしたのか……
3.「胡桃の中の鳥」
"私"は友人たちと旅行に出かけた。
ところが、目を離している間に友人の所有する車のシートカバーがなくなっており……
4.「赤頭巾」
毎週決まった時間に赤いレインコートの女の子が公園に佇んでいるとの噂があった。
真相を確かめるべく"私"は調査に乗り出したが……
5.「空飛ぶ馬」
酒屋の店先に飾ってある木馬が忽然と消えてしまった。
しかし、次の日には何事もなかったかの木馬は元あった場所に戻ってきており……
主要登場人物
私
文学部の大学生。語り手。
名前は明かされていない。
春桜亭 円紫(しゅんおうてい えんし)
東京都出身の落語家。
本小説の探偵役。
"私"いわく「童顔の部類に入る」。
特徴
著者のデビュー作であり、いわゆる日常の謎(日常ミステリ)に先鞭をつけた作品です。
この作品について、鮎川哲也氏は以下のように述べています。
どの一編もごく日常的な観察の中から、不可解な謎が見出される。
本格推理小説が謎と論理の小説であるとするなら殺人やことさらな事件が起こらなくとも、立派に作品は書ける。勿論、これは凡百の手の容易になし得るものではないが。北村氏の作品は読後に爽やかな印象が残り、はなはだ快い。それは、主人公の女子大生や円紫師匠の、人を見る目の暖かさによるのだろう。 鮎川哲也
引用元:(『空飛ぶ馬』、1994年、東京創元社)
ただし、人が亡くならないミステリ=人の悪意が描かれていないミステリ、ではないことにはご注意を。
個人的には「砂糖合戦」がイチオシ。
枯淡とした女子大学生に超然とした落語家という、主役のキャラクターは好みが分かれるかもしれません。
この小説に向いている人
・いわゆる"日常の謎"が好き。
・いわゆる"純文学"や落語に興味がある。
・人間の暗い部分を描く小説が読みたい。
この小説に向いていない人
・派手なトリックを求めている。
・いわゆる"純文学"や落語に興味がない。
・(令和になった現在としては)古い価値観の語り手が苦手。
まとめ
≪円紫さんシリーズ≫の第1作にして、いわゆる日常の謎(日常ミステリ)の先駆的作品です。
影響を与えたと思われる作品は数知れず、何人もの作家が『空飛ぶ馬』のフォロワーであると語っています。
2024年7月現在、電子書籍は配信されていません。
コミカライズ
漫画版です。作画担当はタナカミホさん。
原作の雰囲気を尊重した素敵な絵柄だと思います。
追記①この小説が好きな方にオススメ
夜の蝉
続編です。
ぼくのミステリな日常
作者は若竹七海。デビュー作。
股掛七海ではありません。
ななつのこ
作者は加納朋子。
第3回鮎川哲也賞受賞作。
氷菓
作者は米澤穂信。
『空飛ぶ馬』に多大なる影響を受けたと、作者が公言しています。